“MY RULES” by Glen E. Friedman

先日発売されたOBEY×Glen E. Friedmanのコレクション。

国内外で話題となっているこのコラボレーションの大元である写真集”MY RULES”と、フリードマンについてまとめましたのでぜひご覧ください。

Glen_E_Friedman

グレン・フリードマンは、1962年にノースカロライナ州で生まれた。

10代の頃は、ロサンゼルスのスケートボードシーンに入りこみ、毎日のようにロサンゼルスの「ドッグタウン」というエリアで友人達と共にスケートボードを 練習していた。彼の友達の写真はよくスケートボード専門雑誌に掲載されていたが、自分ならもっといい写真を撮る事が出来ると思った事から、自らスケートボードをテーマにした写真を撮影し始めた。

1976年に、友達と共に使わなくなったプールに行き、そこで写真の撮影を行った。
その時に撮影した写真を「SkateBoarder」という雑誌のスタッフに見せたところ、そこのフォトグラファーは感心して編集者の連絡先を渡した。
それがきっかけで、14歳のグレン・フリードマンは、雑誌 「SkateBoarder」のスタッフメンバーになった。

14yearsold

1980年代の前半にはパンクミュージックに夢中になり、ライブを頻繁に見に行くようになった。
ライブを見にいく度に、多くの写真を撮影したり、バンドのマネジャーやプロモーターと交流を深めていった。
その中で彼の写真の力も手伝って、多くの80年代のパンクバンドは有名になっていった。

live

1982年には初めて「My Rules」という「パンク世界の写真雑誌」のようなものを自費出版した。
これは最終的にトータルで一万枚を販売した作品となり、最新の作品集のタイトルにも使われることとなる。

1980年代の中期には”Def Jam Records”に入り、Run DMCやPublic Enemy、Beastie Boysや、Ice-T、L.L. Cool Jなどの大物ヒップホップアーティストをプロモーションし始めた。
彼の撮影するドキュメンタリータッチの写真によって、アンダーグラウンドで活躍していたアーティスト達はメインストリームのミュージックファンに知られるようになり、支持されるようになっていった。

beastie

rundmc

public-enemy

そして1994年、後に彼の名を世に知らしめることになる伝説の写真集「Fuck You Heroes」という、スケートボードシーンや、パンク、ヒップホップシーンのパイオニア達を中心に撮影した最初の写真集を出版する。(1996年に「Fuck You Too」という続編も出版)

fuckyouhero

20年前は、この作品集を発行する気概のあるメジャーなアート系出版社はなかった。
台頭しつつあったス ケートボーディングとアメリカのハードコア(パンク、もしくはラップ)シーンを記録した彼の作品は、生々しい時代の空気を感じさせたものの、あまりにリスキーな作品だと考えられていた。
フリードマンは、デフ・ジャム・レコード設立者の1人でありリック・ルービンのアドバイスに従い、ブラック・フラッグの ボーカリスト、ヘンリー・ロリンズが経営していたインディーズ系出版社の協力を得て、『Fuck You Heroes』を出版した。
henry

その作品集の序文でフリードマンはこのように綴っている。

「俺が会った出版社の奴らは、どれだけ自分たちのことをイケてると思っているのかは知らないが、誰1人として世界で今何が起きているかなんて知っちゃいなかった。かなり自由な雰囲気のアート系出版社でさえ、奴らの考える既存の(不適切な)ファインアートの枠にはめて本を出版することしか考えてなかった。それに、奴らにとって俺の作品はメインストリームから外れすぎていて儲からないと思われていたし、リスクを冒してまで出版するほど重要な作品だとは扱われていなかった」

そして、その後も精力的に作品を発表し続ける。

1998年「The Idealist」を出版。フォトグラファーとしての集大成的な本作品は、彼撮影した25年間分の写真を集めた写真集。

2000年「DogTown-The Legend of the Z-Boys」を出版。「Z-Boys」といパイオニアスケートボードチームを中心にした写真集。

この本のストーリーはドキュメンタリー映画にもなり「Dogtown and Z-Boys」という作品は2001年に公開され、サンダンス映画祭で賞を受賞した。

2005年「Recognize」を出版。
2007年「Keep Your Eyes Open」出版。

そして『Fuck You Heroes』を1994年に自費出版してから20年が経った今も、彼自身がシーンの発信源となっていたカルチャーを伝えて行くことに積極的で、重量約3キロ、324ページの7作目の写真集 『My Rules』(このタイトルは、前述した1982年に自費出版した写真雑誌から)を刊行した。

book

過去数十年間、彼は自費出版という形態で作品集を刊行してきたが、今回はリッツォーリ社とのコラボレーションである。
内容は、フリードマンによれば彼の初期の作品集、『Fuck You Heroes』と『Fuck You Too』からのベスト版という要素に加え、全体の1/3をこれまで未公開だった作品を掲載し、当時のシーンを象徴する作品がより大きなサイズで生々しく鑑賞できるものにした。

『My Rules』の序文から
「スケーター、パンク、ヒップホップのカルチャーは今でもメジャーシーンから見ると異端に思われている。だが、多くの人たちが多大な影響を受け、インスピレーションを得ているし、新しい解釈もされている」

今日では、このカルチャーの熱烈なファンは多く、スケートボーディングとハードコア・パンク、ヒップホップのビジュアル、サウンド面におけるフリードマンの影響力は絶大である。
「シェアする」「いいね!」ボタンが普及する前から、彼の作品はシーンを代表する映像として普及していった。
このカルチャーに馴染みのない人に説明するならば、彼の作品はインターネットがなかった時代はクールになるための指針であったものであり、今ではストリートスタイルという名称で知られているサブカルチャー・シーンの入口となるもので、内情を知る者にとっては、正真正銘の姿が活写されたものであることが一目瞭然でわかるものだ。
例を挙げるならば、へん顔やガン見、叫び顔の写真や、ダメージドのデニム、ゴールドのチャーンやリング。靴ひもなしのアディダスのスーパースター、水が抜かれた淡いブルーのスイミングプールでジェイ・アダムズが横たわる作品や、ブラック・フラッグ、マイナー・スレットのライブの瞬間など、世界中に影響を与えた映像は枚挙に暇がなく、それらの写真は世界を震撼させた。

ただ、フリードマンは「自分が撮影したアーティストの写真はあの時代のものだけではない」と語っている。

このコメントを聞くと、フリードマンの作品がいかに長く愛され、象徴的なものになっているのかが理解できる。

つまり、フリードマンの作品は、スケートボーディング、パンク、そして、ヒップホップなどの原点を記録した作品であり、このようなカルチャーをビジュアルで表現することを確立させ、多くの人たちにとっての文化的アイデンティティにもなったのだ。

フリードマンは、この最新作でこのような問いを投げ掛けている。

「当時、このカルチャーがスタンダードになるなんて思った人はいるのだろうか」と。

今回の作品集ではかつて彼の被写体であった、(最近逝去した)Jay Adams、LL COOL J、ICE-T、Rick Rubin、Chuck D、Tony Alva、Ian MacKaye、この作品集のデザインを担当したストリート・アーティストでOBEYのShepard Fairey、 長年にわたる協力者であり、メンターでもあるクレイグ R. ステシク三世が、当時のことを物語るだけではなく、彼らが共有した到達点についてのコメントも寄せており、被写体のカルチャーシーンにおける重要性をフリードマンは再度強調している。
jadams

インタビューで彼は

「俺は今日でもなく、明日でもなく、その瞬間にいるんだ。長年こういうスタンスで生きているよ」と語っている。

少し長いブログになりましたがいかがでしたでしょうか。

以前写真家の人と話しをしましたが、「写真はその一瞬しかない風景や表情の”現実”を切り取るから面白い」と言ってました。

当たり前のことのようだけど、それが難しいしそれを”常に”意識している人でないと出来ないこと、だと説得力を持って感じさせられました。

フリードマンの最後のインタビューの言葉なんかは、まさにそれを砕いて言葉にしたものの様な気がします。

写真の持つ力は本当に凄いと思います。

そして今回この写真集の装丁、デザインに深く関わったShepard Faireyが、フリードマンの作品を使ったグラフィックを過去に製作しており、”MY RULES”の発売に合わせてコラボレーションアイテムをリリースしました。

本日はそのコラボアイテムよりもフリードマンについて知っていただきたかったので、アイテムの詳細は今週末にウェブショップに掲載すると共に、こちらのブログでもご紹介できればと思います。

それではまた週末のブログをお楽しみに。

obey